口腔機能の低下と食支援のあり方を問う

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今なぜ食支援なのか

 今日は3月31日日曜日、可児市歯科医師会主催の「口腔機能の低下と食支援のあり方を問う」という講演会に行ってきました。
 講師は石川県七尾市の公立能登総合病院・口腔外科の長谷剛志先生。講師の長谷先生は今日本中から講演依頼が殺到しいる方で、先週も宮崎・熊本と講演され、その足で岐阜県まで講演に来られたとのことでした。
 今何故、長谷先生に講演依頼が殺到しているかと言いますと、日本の高齢化社会の急速な進展の中で、加齢や病気で食事をすると誤嚥して肺炎になる方、或いは、認知症が進行して食事そのものが上手く食べれなくなる方、食事がのどに詰まって窒息しそうになる方等々、食事を普通に摂ることに異常・障害を抱えているご老人が多数介護・医療の世界で出現し始めていることにあります。

食べることが何故できなくなるのか

 健常者にとっては、普通に食べて、寝て、排せつするということは当たり前のことなんですが、加齢・認知症・病気等により、この当たり前のことが出来なくなってきます。
 ちなみに人間の1日の嚥下回数は500回前後と言われており、いかに口や喉に負担のかかる動きが毎日の食行動の中で行われているかをということを認識する必要があります。
 加齢や病気・麻痺等によりこの動きをつかさどる筋肉の動きが低下してくると、物を飲み込む時に本来気管の入り口に0.5秒位のタイミングで喉頭蓋でフタをして、咀嚼した食べ物を食道へ送り込むということが、ヨッコイショという感じでフタをすることになり、咀嚼された食物が喉を通過する時に、まだ気管にフタが出来ていないことになります。このため食物が一部気管に入ってしまうことになります。
 もちろん誤嚥は食べる時だけでなく、寝ている間にも唾液が知らない間にゆっくり気管に入ることで、生じることもあります。
 また胃酸などの逆流物が同様に気管に入ることで、誤嚥性肺炎になる場合もあります。

求められる地域包括的な視点

 食べるということは、人間にとって生きるために必須のものであり、これをどう支えるかということは、人がどう生き生活していくかということに直結する問題と考えています。
 そのためには、残っている歯や義歯、口腔内のケア、摂食嚥下機能という視点だけではなく、対象者の食環境や全身状態を含めたトータルな解析とそれに基づいた支援や援助が、これからの高齢化社会では重要になると考えています。

カニや白えびの関係から導く「食べる力」とは

 演者の長谷先生が言う包括的な視点と食支援とは。①か(環境)、②に(認知機能)、③や(薬剤)、④し(心理)、⑤ろ(老化)、⑥え(栄養)、⑦び(病気)。つまり、①~⑦は、高齢者の「食べる力」を地域の多職種で連携する際に鍵となる7つの要因(環境、認知機能、薬剤、心理、老化、栄養、病気)の頭文字なのです。

①か(環境)

病院から補助栄養食品やトロミ剤が必要と判断された高齢者がいたとしても、購入にかける費用(経済力)には個人差がある。さらに、買い物に行く手段やお店が居住場所の近くにない(買い物弱者)、調理(食事準備)ができないなど個人の生活環境に配慮して支援計画を練らないと、いくら理想を語っても絵に描いた餅である。また、孤食の問題からくる食の偏在や食形態、食事介助の協力など高齢者を取り巻く環境を知らなければいけない。

②に(認知機能)

食物認知機能が低下すると、円滑な食事が困難となる。食べ物を認識できず、低栄養の原因ともなる。また、認知症の中核症状と食環境に齟齬があると異食・盗食・過食・拒食といった食行動異常が出現することもある。

③や(薬剤)

内服薬の影響により「薬剤性嚥下障害」をきたすことがある。特に不穏・譫妄・うつ症状・不眠などに対して処方される非定型抗精神病薬・抗うつ薬・抗不安薬は、時に重篤な摂食嚥下障害を引き起こす。その他、口腔乾燥や味覚異常などをきたす 薬剤も多く、多剤服薬している場合は処方薬の整理が必要だ。また、処方された薬がしっかり飲めているか服薬支援に目を向けることも忘れてはいけない。

④し(心理)

神経因性食欲不振症など摂食障害の他、うつ病(老人性うつ)など心因的問題で食欲は減退する。また、普段何気に食事している人でも精神的悩みやストレスにより突然の食思不振を招くことがある。一方、食品の盛り付けや彩りが心理的に影響し、食に対する過去の記憶や嗜好が刺激され、食欲向上につながることがある。

⑤ろ(老化)

加齢に伴い筋肉量が減少すると消費エネルギー量が少なくなるため、食欲減退傾向になる。また、消化液(胃液・膵液)の分泌量が減少し、腸の働き(蠕動運動)が低下することも食欲を減退させる要因となる。さらに、歯の喪失や唾液分泌量、舌圧の低下など口腔の老化現象により食塊形成が困難となり誤嚥や窒息のリスクが高くなる。

⑥え(栄養)

低栄養になると免疫力の低下を招き、誤嚥性肺炎のリスクが高くなる。また、水分やビタミン・ミネラルの不足により口腔粘膜炎や味覚異常、意識レベルの低下をきたすこともある。そして、低栄養によって筋力低下(サルコペニア)が生じると、さらなる摂食嚥下障害をきたす可能性がある。

⑦び(病気)

脳血管疾患や神経変性疾患(筋萎縮性側索硬化症、パーキンソン病など)を原疾患として摂食嚥下障害をきたすことが多い。一方、先天的な口蓋裂や顎の形成不全に伴う場合や、口腔がん・咽頭がんなど口腔・咽頭の構造に起因する摂食嚥下障害もある。原疾患が何であるかによって食支援のプランニングや方向性が異なる。