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歯周病は静かに進行します
歯周病は静かに歯の根の周りの骨を溶かしていきます。歯がぐらグラグラしてきたり、歯茎が時々腫れる、歯磨きすると出血する等、歯周病がかなり進行しているサインかもしれません。
歯周病のかかりやすさには個人差があります
歯周病の進行は個人差が大きいことが研究により明らかにされています。それがスリランカ・スタディと呼ばれる研究です。
この調査は1980年代初頭にスリランカの紅茶畑で働く人々を対象に行われ、当時のスリランカの人々には、歯磨きの習慣もなく、もちろん歯科医院もありません。要するに治療も予防もない環境で、歯周病が15年間どのように進行するのかを追跡しました。その結果は驚くべきものでした。
研究対象となった人々の81%は、15年間にわたり、ゆっくりと歯周病が進行していきました。しかし、驚くべきことは、歯磨きもなく歯科治療も無い環境の中で、15年間で全く歯周病が進行しない方が11%もいたということです。
さらに残りの8%の人々は急速に歯周病が進行し、20代からスタートした人は40代で全ての歯を失った例もありました。
以上のように歯周病の進行には大きな個人差があることが解ってきたのです。
毎日歯磨きを丁寧にしていても、残念ながら歯周病の進行には個人差があり、個体の感受性・免疫応答、口の中にいる細菌の種類や性質によって、歯周病の進行スピードには個人差があるということです。
なぜ歯周病の進行が急速に進む人がいるのでしょうか?
歯周病の進行が急速に進む人は、一種のアレルギー反応のような免疫学的に過剰な炎症反応を起こしやすいと言われています。
歯周病は一般的に細菌・免疫・環境の3つの要素が複合して生じると考えらています。歯周病が急速に進む人は、特に細菌の出す毒素に対して過剰な炎症反応(一種のアレルギー反応)を生じ、それが歯の周囲の骨を溶かすと考えられています。
また、歯周病が進行しやすい人には、歯周病の原因となる細菌の中でも、特に悪質な菌種・菌型の存在がありこれは家族間や恋人間で感染し、20才前後で歯周病の細菌叢はほぼ決まってくると言われています。
また糖尿病や喫煙などの全身の免疫機能を低下させる疾患がある場合も、免疫の機能低下により、歯周病の急速な進行が起こりやすいと言われています。
また、食べ物を食べる時に強い力でゴリゴリ食べる人や日中食いしばりをする人、さらには夜間寝ている時に強い力で歯ぎしりをする人も、歯の根の周りの骨の血流を障害し、骨の吸収を促進させる作用があると考えられています。
以上をまとめると、危険な要素は下記のようになります。
- 細菌に対して免疫学的な過剰反応を持つ人(ハイパーレスポンター)
- 歯周ポケット内に悪質な細菌が住み着いている人(レッドコンプレックス)
- かみしめや歯ぎしりを無意識に行う人
日本の社会保険医療における標準的な歯周治療の進め方
下記に示すのは、社会保険診療における標準的な歯周病治療の流れです。
- レントゲンを撮影したりお口の中を調べて、歯周病の治療計画を立てます
- 治療計画を患者さんにお話しして治療のやり方や治療目標を共有します
- 自宅で歯垢をきれいに取る歯みがきの練習が一番大切です。
- まず、歯茎の上の歯石をとり、歯茎の上の歯冠の周りの汚れをきれいにします
- 2回目の歯茎の検査をして、今度は歯茎の中の根の周りの歯石を取ります
- 1か月程度間をおいて、3回目の歯茎の検査をして、患者さんと今後の治療計画を共有します
- 必要であれば再度歯の根の周りの歯石をとります
- 歯周ポケットが深いケースでは、必要に応じて歯茎を少し開いて外科的にクリーニングします
- 条件が揃えば、リグロスやエムドゲイン等を用いて、骨を再生させる処置をします
- 4回目の歯茎の検査をして、歯茎の治りを確認します。必要ならば再度歯の根の周りをお掃除します
- この後はメインテナンスに入ります。できるだけお口の中の細菌の数を減少させ、これ以上歯周病が進行しないようにします。通常3ヶ月に1回のクリーニングを行います。
初診時の歯周ポケットが基本的な歯周治療でどの位改善するのか
初診時の歯周ポケットが、治療による基本的な歯磨きや歯石除去でどの位歯周ポケットが浅くなるのか、下記の表をご覧下さい。
歯周基本治療後の歯周ポケットが3mm位に改善される確率
初診時の歯周ポケットの深さ 5mm 6mm 7mm 8mm 9mm
非喫煙者 歯の汚れが少ない人 前歯 94% 84% 63% 36% 15%
奥歯 88% 70% 43% 19% 7%
歯の汚れが多い人 前歯 91% 76% 50% 24% 9%
奥歯 81% 57% 30% 12% 4%
喫煙者 歯の汚れが少ない人 前歯 85% 64% 36% 16% 6%
奥歯 70% 43% 20% 7% 2%
歯の汚れが多い人 前歯 76% 51% 25% 10% 3%
奥歯 58% 31% 12% 4% 1%
スウェーデン・イェテボリ大学・歯周病科の統計データより
歯周ポケットが治療で減少するのは、歯磨きや根面深くに付いている歯石を除去することで、細菌の数が減少して、歯茎が引き締まることで、見かけ上歯周ポケットの深さが減少するためです。歯の根の周りの骨も一部回復するケースもありますが、9割は歯茎の引き締まりで病状の進行が抑制された状態になってきているということです。
現代の歯周病の治療では、元通りの歯茎や骨の状態が治療で完全に戻ることはありません。確かに、一部の条件がそろう歯の周囲では、骨を再生させる技術が進歩し、当院でも条件が揃えば、再生療法を実施しています。
それでも依然、現代の歯周治療の一番の主たる目標は歯周病の進行の抑制であり、それによって患者さんが自分の歯で美味しく食べる期間をできるだけ長くすることが最終目標と言っても過言ではありません。
なぜ歯石をとるだけでは治らないケースがあるのか?
歯磨きもきちんとやってるし、歯石も歯医者さんで定期的に取ってもらっているのに歯周病が進行していくケースがあります。
5~6mm程度の歯周ポケットであれば、歯磨きが適正て、歯茎の中の歯石も除去できれば、歯茎が引き締まることで、歯周病の進行を抑えることが多くの場合可能です。
しかし8~10mm程度の深い歯周ポケットになると上記のような簡単な治療では、歯茎の炎症を抑えることが難しくなる場合が多くなります。
これは、かなり深い歯周ポケットになってしまうと炎症性の軟組織のボリュームが大幅に増大するため、歯石の除去だけでは、細菌の生息する軟組織のボリューム減少の根本的な改善が起こりずらくなるためです。
そのため、外科的な処置による歯周組織の環境改善が必要になる場合があります。
それでも歯周病が急速に進む人
一番の原因は元々の患者さんが歯周病の悪玉細菌をお口の中に所有していて、なおかつ免疫学的に非常に細菌に対して強い炎症を生じる場合です。
二番目は力の問題で、食事をする際に強い力で咀嚼する人、仕事中嚙みしめする人、寝てる時に歯ぎしりする人。
いずれも歯の根の周りに強い力が加わるため、根の周囲の血の巡りが低下して、歯周組織の免疫力が低下し、歯周病が進行しやすくなります。
鏡を見てみて、下あごのエラが発達している人は、筋肉がかなり強いと考えられます。残念ながらこのような人においては、為害性のある力の問題に対して本人に自覚症状がある人は殆どいません。
このような人は歯の根の周りの力を感じるセンサーの感度が鈍くなっており、そのため自覚症状が殆どありません。
三番目は、虫歯や歯周病で歯の数が減少し、通常の咀嚼の力自体が歯を大きく揺らすことになる人です。(専門的には、これを二次性の咬合性外傷といいます)
この三番目のようなケースでは、残っている歯を左右的に多数の冠で連結して、歯の根に為害的な咀嚼の大きな力がかからないようにしなくてはいけません。(これを専門的にはクロスアーチ・スプリントといいます)
また3番目の場合、インプラントや義歯という手段で、奥歯と前歯にかかる咀嚼力を減少させることが必要なことがあります。
いずれにせよ三番目のケースは放置すれば、咬めば咬む程、歯がどんどん揺らされて、自然にポロリと歯が抜けることになります。
重度の歯周病から救われる人はどんな人?
重度の歯周病から逃れられる人は、自分の歯を残して自分の歯でできるだけ長く食べたいと強く願い、そのために自ら行動を起こせる人です。
現在の歯周病の治療目標は、疾患が進行しないようにお口の中の細菌数をできるだけ減少した状態を維持することです。
ですので痛いときだけ歯医者に通う人は残念ながら、重度の歯周病の脅威から逃れることはできません。 その点に関しては、歯周病の治療は糖尿病の治療と同じかもしれません。
糖尿病の治療は高血糖を一定のレベルに下げ、薬剤を併用しながら、それが継続できるように食生活や日常生活を改善することです。
歯周病の治療目標も、適切な管理でお口の中の細菌数を減少させ、それを維持することであり、それにより歯周病の進行を抑制し、快適な食生活をできるだけ長く維持することです。
専門医の適切なアドバイスを受けながら、長くご自分の歯で美味しく食事をとれるようにメンテナンスすることが、最も大切な事です。
定期的なクリーニングの重要性
歯周治療で歯石を除去した歯周ポケットは、その後どうなるのでしょうか?
実は、4~5mm程度のポケットは歯茎が引き締まることで、口の中の細菌が歯周ポケット内に再侵入しにくくなります。
しかし、歯と歯茎の境目の汚れが蓄積すると、また歯茎には炎症が生じて、歯周ポケットの歯肉の引き締まりが緩んで、その緩い所から、再度、内部へ細菌が侵入していきます。
また、元々の歯周ポケットが8~10mmとかなり深い部分では、歯石を除去しても、内部が酸素の無い環境が維持され、細菌が軟組織内で生存しやすい環境が維持されるため、歯周病の細菌は生存し続け徐々に増殖していき、歯周ポケット内では細菌による出血や腫れが継続・増大していきます。
ですので、深い歯周ポケット程、3ヶ月に1回程度の間隔で歯周ポケット内をクリーニングして、細菌が過剰に増殖しないようにコントロールすることが大切です。
こうすることで、歯周病の進行を抑制することが可能となります。