診療室からオーラルフレイル、口腔機能低下症を考える

日本歯科大学・菊谷教授

 2019年7月7日愛知学院大学歯学部楠元校舎にて日本歯科大学の菊谷武教授を迎えて、「診療室からオーラルフレイル、口腔機能低下症を考える・その概念と実践」の勉強会が開催されました。

Contents

急速に進む高齢化社会の中での歯科の役割の変化

 菊谷先生のお話を聴くのは、昨年の秋に美濃加茂市の歯科医師会の勉強会でお話を聴き、その次は今年の冬の東京医科歯科大学のCDEでインプラントの武田先生とのジョイント講演でも聴き、この名古屋の愛知学院で3回目である。
 菊谷先生は東京都の日本歯科大学・口腔リハビリテーション多摩クリニックを中心に、主に、歯科の訪問診療を治療主体として、活躍されている現役の大学教授である。
 毎回歯科医療の高齢化社会におけるパラダイムシフトの必要性を明解な理論展開で解説し、現在の歯科医療体制からの本質的な変革の必然性を説いている。

歯科のパラダイムシフトには何が必要?

 旧来の歯科医療では、患者さんが食べにくいと言えば、歯の無い部分に義歯やインプラントを入れ、歯の数を増やすことで、物が食べれるようにしてきたが、高齢化社会では、この手法が通じないケースが多々出現しているのである。
 それは患者さん自身の筋肉の衰えが、物を食べたり飲み込んだりする舌の機能を弱体化したり、患者さんの高齢化により、声帯のある喉頭が下方へ落ちてきて、物の呑み込み自体がスムーズにできなくなったり、加齢によって咀嚼そのものが上手くコントロールできなくなったりと、歯の数を増やすだけでは、解決できない摂食・嚥下の問題が多々出現しているのである。

器質性咀嚼障害から運動障害性咀嚼障害へ

 歯が虫歯や歯周病で失われたり、義歯が上手く合わなくて食べにくいというのは、咀嚼に関与する器官の欠損による咀嚼障害であり、従来の歯科医療が主に扱ってきた器質性の咀嚼障害である。それには咬合回復という手段で対処してきたのが現在の大多数の歯科医院なのである。
 ところが、高齢化社会が深化してくると、サルコペニアやオーラルフレイルに代表される運動機能そのものの減退による咀嚼障害が増加してきており、これが運動障害性の咀嚼障害なのである。

運動障害性咀嚼障害を考える

 運動障害性咀嚼障害の治療を行うには、口腔機能障害の原因の客観評価と機能回復の可能性の有無と程度を正しく評価する必要性がある。
 従来型の器質性の障害だけならば、本人に機能回復の能力も充分あるので、咬合回復を主体に治療展開していけばよい。
 しかし、オーラルフレイルやサルコペニアに代表されるように咀嚼能力の低下と共に舌の筋力の低下や巧緻性の低下が認められるケースでは、機能回復のための個別の口腔リハビリテーションが必要になってくるし、ケースによっては従来型の治療を並行して行う場合も出てくる。
 また加齢により更に機能低下が進行してくると、リハビリテーションのみならず、食事形態の変更も考慮に入れる必要性が出てくる。

求められる歯科医療の質の変化

 日本は未曽有の高齢化社会に突入してきており、歯科医師の思考も従来の歯大工的発想から、高齢患者さんの機能の客観的な評価から治療計画を考えるという180度の発送転換が必要な時代に入ってきている。
 各地の老人施設から食べれないので義歯を作って欲しいという依頼で、歯科医師が義歯を新たに製作しても、高齢のお爺ちゃん・お婆ちゃんにはそもそも義歯を使いこなす能力そのものが既に低下していて、新しく作った義歯は単なる飾りになっていることも多いのが実態なのである。